10月5日、麻倉瑞季が投稿した一本のポストが、SNSに衝撃を走らせた。
「最近面倒くさくてすぐ近くのコンビニくらいならノーブラで行ってしまうことを反省します」
たったこれだけのテキスト。写真は一枚もない。それでも、いや、だからこそ──このポストは約50万インプレッションの爆発的な注目を集めることになる。
反応したのは、青少年および元青少年たち。彼らは麻倉瑞季の大胆な告白と、その豊かなボディーラインを代わる代わる脳内に思い浮かべながら、次々とコメント欄へ殺到した。
「よく行かれてる近くのコンビニの店名か住所を教えてもらえますか?」
「そのコンビニの店員になりたい。」
「コンビニ店員を目指そうと思う」
「諫早にまたスタバできます☕御報告まで」
「ありがとうございます。生きててよかった」
職業選択の基準が一夜にして変わった者。ただ感謝を述べる者。取り乱したあまり、彼女の地元・諫早のスタバ情報を提供する者。反応は多種多様だが、共通しているのは「想像力が暴走している」という一点だ。
写真がないからこそ、妄想は自由に膨らむ。見えないものほど、人の想像力を刺激する。麻倉瑞季はそれを計算していたのか、それとも本当に何気なく投稿したのか。いずれにせよ、このポストは「見せないエロス」の破壊力を証明してみせた。
連日続く、重力とiPhoneの高さに感謝したくなる投稿

麻倉瑞季の攻勢は、このノーブラ告白だけでは終わらなかった。
その後も彼女は、水着姿と思われる姿で前屈みになり、こちらを覗き込んでくれるような写真を投稿。重力の存在に心から感謝したくなる構図だ。さらにTikTok撮影の裏側では、iPhoneを操作するために前屈みになった瞬間を切り取った一枚も公開。TikTok撮影に必要なiPhoneの設置高さが、これほどまでに”都合いい”ものだったとは。技術の進歩に感謝せずにはいられない。
加えて、週プレ グラジャパ!にて展開されている10月4日「天使の日」のキャンペーンにちなみ、デジタル写真集の旧作『天使と小悪魔』のオフショットも投稿。青少年や元青少年たちは、連日興奮しっぱなしで白目を剥く状態に陥っている。

麻倉瑞季という”現象”

一連の投稿で明らかになったのは、麻倉瑞季が単なるグラビアアイドルではなく、一種の”現象”であるということだ。
彼女の投稿には、計算と無防備さが絶妙に同居している。ノーブラでコンビニに行くという日常の一コマを切り取った告白は、親しみやすさと背徳感を同時に醸し出す。そして、その後に続く「重力に感謝」「iPhoneの高さに感謝」せざるを得ない視覚的刺激。この緩急が、見る者を飽きさせない。
SNSという舞台で、どう見せるか、何を語るか。以前もどこかの記事で指摘したが、麻倉瑞季はそのバランス感覚を心得ている。だからこそ、写真のないテキストだけのポストでさえ、多くの人たちを反応させて、結果的に50万人の目に触れる機会を得られたのだろう。
「生きててよかった」と言わせる存在
「ありがとうございます。生きててよかった」
あるファンが残したこのコメントには、冗談めかした大袈裟さの中に、どこか本音が滲んでいる。日常の中で、ふとした瞬間に届く非日常。それが麻倉瑞季の投稿であり、彼女の存在意義なのかもしれない。
コンビニという、誰もが日常的に訪れる場所。そこにノーブラで現れるかもしれない彼女の姿を想像するだけで、日常が少しだけ輝いて見える。
そうやって麻倉瑞季は今日も、青少年と元青少年たちの想像力を刺激し続ける。


